強膜レンズ(ボストンレンズ)とは
円錐角膜をその代表とする不正乱視眼において、角膜移植術の適応になるほどの末期円錐角膜や球状角膜には角膜移植しか視力を回復する手段はありませんでした。また、強度の屈折異常を残す角膜移植術後眼で通常のコンタクトレンズが装用できない症例には、安定したフィッティングが得られる強膜レンズがよい適応となります。
また、スティーブンス・ジョンソン症候群、眼類天疱瘡、角膜熱傷、シェーグレン症候群等の重症ドライアイの目の乾き、痛みを除去し、屈折矯正により視力を向上させ、角膜を透明化することが期待できます。
日本でボストン(強膜)レンズを取り扱っている施設は2ヶ所と限られています。
- 外観(左端はconventional HCL,レンズ径8.8mm)
- 装用時矢状断面(Boston Scleral Lens):眼球前部1/4を覆い角膜前面には涙液を貯蔵するスペース(vault)が形成される。 レンズ下涙液は瞬目や眼球運動にて置換するようフィッティングを調整しなくてはならない。
- 装用時前面図
Boston Foundation For Sight 提供資料
- 重度円錐角膜患者適応例
(23mmボストン強膜レンズ)
- ボストン強膜レンズのフルオレセイン流入と厚い涙液層
- ボストン強膜レンズ下の多段階カーブ(=涙液交換可能)
AOSLC強膜レンズ講演感謝状(京都)
強膜レンズを使用する治療は、重症ドライアイや末期円錐角膜に対する手術治療を回避することが目標となります。当院では、下記の方法によって、回避を試みます。
強膜レンズが適応となる疾患
屈折矯正目的
- 強度の円錐角膜
- 球状角膜(keratoglobus)
- Pellucid Marginal Degeneration
- Terrien角膜変性症
- 角膜移植術後強度屈折異常
円錐角膜の患者さんへ
円錐角膜が進行すると、ハードコンタクトレンズが装用できなくなる場合があります。現在では、角膜移植しか視力を回復する手段がありません。しかし、当院が扱う特殊コンタクトレンズは、手術をしなくても良好な視力を期待できます。
治療・角膜保護目的
- スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)
- Toxic Epidemal necrolysis(TEN)
- シェーグレン症候群(SS)
- 眼類天庖瘡(OCP)
- 神経麻痺性角膜炎
- 兎眼性角膜炎
- 遷延性角膜上皮欠損(PED)
強膜レンズとその効果
強膜レンズは、角膜輪部を超え角膜側より眼球の前方約1/4を覆う大きなレンズです(図中左.直径23mm)。
レンズ素材はDk値127×10-11と比較的高い酸素透過率をもちます。
レンズ下には涙液(人工涙液)を貯留することが可能なスペースが「vault」により形成され、レンズ下涙液は瞬目や眼球運動にて置換するようフィッティングを調整しなくてはなりません。
ボストンレンズ使用前/使用後(症例:スティーブンスジョンソン症候群)
重症ドライアイと眼瞼縁の異常のため、角膜の混濁、血管新生の進行により痛みと極端な視力低下(視力0.1:写真左)をきたします。 ボストンレンズ装用1ヶ月で症状の改善、痛みもなくなり、視力も1.0まで回復(写真右)しました。
強膜レンズの治療意義
最重症ドライアイへの手術を補助する、またはそれに代わる選択肢
重症型ドライアイを呈すスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)、角膜熱傷、化学傷等に対する手術成績は従来必すしも良好ではありませんでした。しかし近年、角膜輪部や羊膜移植により視機能の回復が可能となった症例の報告があり注目されています。しかし、そのすべての症例が良好な結果に帰するわけではありません。
その理由のひとつとして手術は成功したが、術後のオキュラーサーフェスの状態、すなわち涙液の不足や眼瞼の障害(瞼縁の不正・睫毛乱生等)により、再構築されたオキュラーサーフェスが再び術前と同じ経過をたどり元に戻るといったシナリオがあります。
また、SJS、重症シェーグレン症候群(SS)、眼類天庖瘡(OCP)の中には、QOLは非常に低いが手術の適応にはならない症例も多数存在し、患者は絶望感を、眼科医は無力感を抱いているという現実もあります。
唯一の視力矯正手段
円錐角膜をその代表とする不正乱視の症例には、現在もハードコンタクトレンズ(HCL)による屈折矯正が第一選択です。しかし、角膜移植術の適応になるほどの末期円錐角膜や球状角膜、強度の屈折異常を残す角膜移植術後眼への従来のハードコンタクトレンズの装着は不可能です。
当院では、強膜レンズにより、以下に示すその特性から上記2つの問題点を解決する手段として有望であると判断しています。
- レンズ下涙液プールによるドライアイの治療(レンズ下液には自己血清を用いることも可能である)
- 障害のある眼瞼(角化した眼瞼や睫毛乱生)からの角膜保護
- 強度不正乱視に対する屈折矯正効果
強膜レンズの歴史
強膜レンズは、1880年代にガラス細工で製造されたのがその始まりといわれています。しかし、レンズフィッティングの原理や角膜生理への理解が乏しかったため、その普及には至りませんでした。
1939年にPMMAレンズ素材が登場し、また機械による正確なデザインの再現が可能になり、強膜レンズは再び注目を得ました。しかし角膜への酸素供給やレンズ下の涙液交換といった問題から、やはり実用までには至りませんでした。
涙液交換を目的とした有窓の強膜レンズも登場しましたが、レンズ下への空気の迷入により乾燥を惹起するなど問題は多く、強膜レンズはCLの世界から消え去るかのように思わていました。
強膜レンズの飛躍的な進歩は酸素透過性レンズ素材の登場と、涙液交換を可能にするレンズデザインとフィッティング技術の確立による重症ドライアイに対する治療と視機能の改善や、手術でしか改善の望めない円錐角膜をはじめとした強度不正乱視の矯正に対しては手術に代わる、または手術を補助する有力な選択肢としての可能性が期待されています。
その一方で、過去の強膜レンズの失敗の歴史を知る多くの眼科医は、強膜レンズの存在そのものを一蹴する傾向にあることも事実で、進歩した強膜レンズへの正しい理解が急務といえます。
以上は、当院院長が、第43回日本コンタクトレンズ学会(2000年6月 山口)にて発表。 2001年2月12日米国CL学会(CLAO)にて招待され講演した内容を抜粋しています。
個人的な体験談
この強膜レンズ(The Boston scleral lens)を知ったのは、自らがSJS患者である小宮さんと知り合ったのがきっかけです。
彼は自らThe Boston Foundation for Sight(米国ボストン)のDr. Rosenthal,Dr. Cotterを訪ね、強膜レンズによる治療を受け劇的なオキュラーサーフェスの改善と視力の回復を得ていました。彼の治療前の状態をカルテで知り、その治療効果に感激した私は、13年来フォローしていたSJS患者を連れてボストンを訪れました。レンズを裝用した瞬間に痛みがとれ視力が回復する瞬間を目の当たりにし、このレンズの将来性を確信した次第でした。現在彼女は信じられないことに、風を受け自転車での通勤が可能な程に改善をみています。